市民からのクレームに自治体はどのように対応すべきなのか。たった1件のクレームで、市が右往左往する事態が生じた。
ギネス世界記録に認定された千葉県市川市の市民納涼花火大会で、市はギネス認定証とともに花火の写真を市庁舎に展示した。
写真は、市の依頼を受けたプロ写真家、Shun Shiraiさんが撮影・提供したものだった。
ところが、1人の市民から「プロ写真家の作品を名前入りで公共の施設で掲示することはPRにつながりかねない」とのクレームが寄せられ、展示開始から1日で撤去されることとなった。
これに写真家が異を唱えると、賛同する抗議の声が100件以上寄せられ、市は再展示を決定。最終的に市長が写真家と市民に謝罪する結末を迎えた。
自治体は「クレーム」をどう受け止め、どのように判断すべきだろうか。
複数の自治体での勤務や研修講師等の経験を通じ、多くの自治体の実情を知る弁護士、吉永公平さんに現場の実情を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●「賛否両論」を呼ぶ事態を避けられない現実
──クレームを受けた自治体が、受け入れるかどうかの判断基準は?
自治体はクレームを受けた際、その主張の当否を「適法性」と「妥当性」という2つの観点から検討します。
まず「適法性」については、当初の自治体の行為が違法であり、そのままにしておくと違法状態が継続する場合、速やかにクレームを受け入れる必要があります。
一方、判断に難しいのが「妥当性」です。自治体の行為が違法でない場合、クレームを受け入れるかどうかは、原則として自治体の裁量に委ねられます。
現代社会は価値観が多様化しており、全住民が賛同する決定はほとんど存在しません。どうしても「賛否両論」を避けられない現実があります。
●クレームが多いほど「受け入れやすく」なる理由
──クレームが届いた場合、自治体はどのようなプロセスで検討しますか。
自治体では、職員1人の判断で物事を決めることはほとんどなく、組織的に対応を検討します。ただし、住民から寄せられる「賛否両論」には偏りが生じがちです。
多数の否定的な意見が届いたとしても、それが必ずしも世論を正確に反映しているとは限りません。
それでも、クレームが多数届いたという事実や、その対応にかかる負担を考慮すると、自治体がクレームを受け入れる可能性は高まるといえます。
こうした背景のもと「◯◯をやめろ」「△△をやめさせろ」といった多数の意見によって、結果として方針変更される「キャンセルカルチャー」が問題視されています。
●少数意見でも「一理ある」と判断される場合も
──クレームが少数の場合はどうでしょうか。
一方で、クレームが少数の場合は、多数届いた場合に比べて断りやすいといえますが、自治体は軽視できません。
「クレーム」とは、本来「主張」や「要求」を意味し、自治体としては少数の声にも真摯に耳を傾け、その妥当性を検討する責務があります。
当初の対応に自信があり、その重要性を認識している場合は「クレームに妥当性なし」と判断しやすいでしょう。
逆に、当初の対応に自信がなかったり、その重要性を認識していなかったりする場合には、「クレームに一理ある」として受け入れる可能性もあります。
もちろん、過度のクレームに職員が疲弊し、不要な譲歩をしてしまうケースもありえます。ただし、そのような場合だけではなく、「どちらを選んでも違法ではなく、自治体としても特に強いこだわりもないため、クレームを受け入れる」という判断がされることもありうるところです。
要は、自治体の当初の行動に対する「熱意」が問われるのです。「ぜひともこれでいきたい」という思いがあるか、それとも「どちらでもいい」という姿勢なのかで、対応は大きく変わるはずです。
●「お役所仕事」ではなくリソースの限界が現実問題に
──内部の判断は「キャンセル」に傾きやすいのでしょうか。
過去はさておき、現在の自治体において、いわゆる「お役所仕事」のような、事なかれ主義が多数派とはいえません。
むしろ膨大な事務を限られた人員と予算で処理せざるを得ない中で、どの業務にどれだけの人的・物的リソースを割くかという「現実的な判断」が迫られているのです。
ただし、「リソース不足だから仕方ない」という理由が社会的に許容されるわけではありません。
業務の重要性を再確認したうえで、専門家に助言を求める、当事者や関係者の意見を事前に聞く、「本当の世論」を把握する──。こうした手続きを怠れば、結果的に誤った判断を招くおそれがあります。
●SNS時代の「一人の声」が持つ影響力
──SNSの影響力が大きな時代になっています。
現代社会の「コンプライアンス」は、法令遵守にとどまらず、社会的要請に応えることも意味します。その観点からも、自治体は安易に「気を抜く」ことができない立場にあります。
SNS社会の進展により、1人の意見が爆発的に拡散し、予想以上の影響力を持つ時代になりました。「誰が何を言うかわからない」「ちょっとした問題だと思っていたものが一気に炎上する」。そうした不確実性を前提にリスクを想定する必要があります。
しかし現実には、業務の多忙さや余裕のなさから、十分な対応ができないケースも少なくありません。
自治体には、リスクを正しく認識し、適法性と妥当性の両面から、冷静な判断を積み重ねていく姿勢が求められています。